タイ旅行 |
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〜タイ旅行・微笑みの国に魅せられて〜 |
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〜タイ旅行〜 |
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きっと誰にでもある ≪特別な場所≫ 。 暇さえあれが空想してしまう魅せられた場所、あるいは国が…。 私にとっては、それがオーストリアであり、パキスタンであり、そう タイだった様です。 このページをご覧頂き、あなたにとっての「微笑みの国」を思い出して頂ければと思います。 ![]() 眩しい陽の光… ゆっくりとした時間の流れ… 大らかで人懐っこい笑顔… 初めての海外旅行の際に、通過国のひとつとして訪れたタイ。 以来、どこに行くにもタイ・バンコク経由のチケットを求める程、魅せられました。 そんなタイでの日記の一部をまとめましたので、その魅力の一端を感じて頂ければと思います。 それでは、サワディークラッ! |
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| 【ある日のDiary 〜ハジャイ〜】 まだ見ぬタイ国に、大いなる期待を抱いての入国。 列車はタイ南部の中心都市・ハジャイに到着。 車両を降りると、直ぐにバイクタクシーの運転手に囲まれる。 気の良さそうな若いドライバーに聞いてみる。 『安いゲストハウス、知ってる?』 「当然。安くて綺麗なホテルに案内してあげるよ。」 ホテルまでの料金を聞くと、無料だという。 たぶん、ホテルからマージンでも貰えるのだろう。 バイクの後部座席にまたがり、いざ出発、と張り切った途端到着。 駅からほんの50m。 これで、マージンが貰えたら、ただでも十分なのだろう。 変なところで納得。 部屋を見せてもらうことに。 可もなく不可もなくといったところ。 2泊で移動する予定だから何の文句も無し。 チェックインのため受付へ。 受付には、まだ運転手の姿が。 リビングのような場所に上がりこんで、TVを見ている。 『この宿の人なの?』と聞くと、「違う」と言いながらも、完全に寛いでいる。 とっても人懐っこい奴のようだ。 楽しそうだから、夕食に誘ってみる。 1時間後に待ち合わせをして、一旦部屋に。 1時間後、受付に行くと、運転手爆睡中。 いびきまでかいている。 あまりに心地よさそうに眠っているので、しばらく寝かしておいてあげよう。 訳の分からないタイ語のTVドラマを見ながら待つことに。 呑気な運転手が目覚めたのは、さらに1時間後。 悪びれもせず、「よく寝た!気持ちいい!」などと言っている。 お腹ペコペコだったので、夕食へと急かす。 彼が連れて行ってくれたのは、大きな市場内にある屋台の集合レストラン。 数百はあろうテーブルの周りを、多くの屋台が囲んでいる。 好きな屋台で料理を買い、好きなテーブルに付くセルフスタイル。 雷魚・カキオムレツ・豚串・ビールなどを2人で持ちながら、良い席を探していると、 彼(運転手)の友人グループに遭遇。 我々も、そのグループに加えてもらうことに。 訳のわからない日本人の飛び入りも、快く迎えてくれる。 私と彼(運転手)が以前からの知り合いだと思っているようだ。 ほんの3時間程前に初めて会ったことを説明したが、驚いた様子も見せない。 旅行者の多いタイでは、知り合ったばかりで仲良く呑むことが、珍しく無い様だ。 言葉の壁はあるものの、すっかり意気投合し、その夜は11時過ぎまで宴会状態。 タイ入国初日にして、楽しい宴となった。 これから始まる、タイ国北上に期待が膨らんだハジャイでの夜。 【ある日のDiary 〜コ・サムイ 〜】 満天の星が奇妙なデートを彩ってくれた。 コ・サムイ到着以来、昼食の定番となったタイ版即席うどん。 里芋だと思い込んで、これまで残していた具は魚の切り身だった。 蒲鉾のようで美味しい。 今まで食べなかったことを少し後悔。 食後、自転車でビーチへ。 散策している時に偶然見つけた三日月型の小さなビーチ。 数人の子供たちが遊んでいるほか、ビーチには誰もいない。 まるでプライベートビーチのよう。 ビーチの点在するコ・サムイでは、お気に入りのビーチ発見は難しくはないようだ。 海から吹いてくる風が暑い湿気を吹き飛ばしてくれる。 木陰で読書している内に、ウトウトと昼寝。 目醒めて時計を見ると、16時過ぎ。 明日はそろそろ移動することにしよう。 このままだと、快適な時間から、なかなか抜け出せそうもない。 思い立ったが吉日。 旅行会社へバスの時間を確認に行く。 夕食後、散歩がてら、宿から少し離れたスーパーへ。 宿で飼っているドーベルマンが付いてくる。 付いてくるというよりも、案内してくれているといった感じ。 4〜5m先を歩き、時々『ちゃんと付いてきているか?』といった感じで後ろを確認する。 走ってやると、嬉しそうに併走を始める。 スーパーで買物中、ドーベルマンは店の外で座って待ってくれている。 賢い奴だ。 数日前、チェックインした際に、咥えていたフリスビーで小1時間ほど遊んでやった。 それを覚えてくれて、夜に出掛けるときは、なぜか同行してくれる。 まるでボディガードのように。 買物は帰りにすることにして、もう少し犬と遊ぶことに。 店を出て、ビーチの方向へ猛ダッシュ。 『待ってました!』とばかりに追いかけてくる。 1km近くダッシュしたので、ビーチに着くや大の字に。 疲れた〜。 ドーベルマンはしばらく、ビーチを走り回った後、横に来て座っている。 しばらく、一緒に静かな海を眺める。 空には無数の星。 ドーベルマンを見ると、穏やかな表情でじっと海を見ている。 考え事をしているようで微笑ましい。 一体何を考えているのだろう。 犬と話せたらな〜。 ドーベルマンとのデートを楽しんだコ・サムイでの夜。 【ある日のDiary 〜ラノーン〜】 ミャンマーに向かって小さなボートが海上を疾走。 かなりのスピードが出ているが、対岸に見えるミャンマーは今だはるか彼方。 何の情報も無く、南からバンコクへ向かう通過町として、立ち寄ったラノーン。 思わぬ特典が付いていた。 宿の主人曰く、ミャンマー・コータウンへの1日入国が可能らしい。 早速、国境まで行ってみる。 国境には、多くの商人らしき人達。 その中に、馴れた感じでタイ国イミグレーションに向かう白人を発見。 コータウン(ミャンマー)への行き方を聞いてみる。 オランダ出身のジョン。 母国では公務員をしており、長期のバカンス中という。 感じの良い人で、常に笑顔で話してくれる。 アングロサクソン系の顔と、2m近い長身を除けば、性格的にはアジア人に近い。 彼もコータウンへ観光に行くというので、一緒に行くことに。 慣れた風に見えたが、ミャンマーはおろか、アジアへの旅行も今回が初めてだという。 気負わない自然さが、旅慣れた雰囲気を醸し出していた様だ。 海に浮かぶ小さな島でミャンマー入国手続き。 島というよりもあえて作った筏のような入国管理所。 観光用の1日体験ビザのため、簡単なチェックのみ。 ミャンマーの町が確認できるくらい近づいた頃、岸から大きなアナウンスと音楽が。 すぐそこに見える港の様子が一変した。 ボートの運転手も速度を落とし、ボートを岸に着けるのを待つ。 しばらくして、山の陰となった山道から十数台の軍用車が出現。 一般の人達は、車が通り過ぎるのを、じっと待っている。 軍の高官でも乗っているのだろう。 日本の時代劇のよう。 TVや映画でよく見る、御殿様が通る間、商人・農民が道を開け待っている光景。 そういえば、ミャンマーは軍事政権下。 軍用車が通り過ぎた後は、港町に活気が戻り、我々を乗せたボートも岸に向かう。 隣国とはいえ、タイとは異なった文化。 大半の人が民族衣装を着て、顔には日焼け止めの白粉を塗っている。 顔立ちも、何処となくインドに近い。 アーリア系の血筋を感じさせる彫りの深い人が目立つ。 とりあえず、昼食のため食堂に。 中にいる人達が、白人と日本人のコンビを珍しそうに眺めてくる。 英語の流暢なひとりが、我慢できないといった感じで我々に話しかけてきた。 学生らしいが、今日は授業がないため、コータウンの町案内をしてくれるという。 すかさずジョンが、「Free?」 彼もすかさず、「Off couse」。 コータウンの町は小さく、1時間ほどで町の中心を回り終える。 特に、見物するところもないようなので買物に。 確かに安い。 タイの人たちがミャンマーに買出しに行くというのが頷ける。 何件かを見た後、ウクレレのような小さなギターと、竹で編んだミサンガを購入。 最後まで親切に案内してくれた学生の彼に少しでもチップを渡すべきかな? そう思って、ジョンに相談すると、「もちろん!」と言い、彼の元に。 そして、極めて自然に、そして何気なくチップを渡す。 さすが、チップに慣れた人は違う。 とても粋に見え、私も真似をしてみたが、どうもぎこちない。 学生の彼もそう感じたのだろう。 「仕方ないよ」といった感じで微笑んでくれた。 何回位、幾ら位、チップを差し出せば、粋な渡し方をマスター出来るのだろうか。 そんなことを考えた、ミャンマー・コータウンでの午後。 【ある日のDiary 〜バンコク〜】 バスは早朝5時にバンコク到着。 車中では熟睡していた為、一体、バンコクのどこにいるのやら?。 同じバスに乗っていた人達も眠そうに目を擦りながら、各々の目的地へと。 中の一人に安宿街として有名なカオサンロードへの行き方を尋ねる。 ≪一般の人が知っている訳もないかな?≫ そう思いながら聞いてみると、意外に分かったようだ。 少し先の通りを指さしてくれる。 ≪カオサン行きのバンコク市内バスでもあるのだろうか。≫ 教えてもらった方向に歩いてみる。 50m程行くと、商店街らしい通りを発見。 早朝のため、ほとんどの店が閉まっている。 少し先に明かりが見えた。 ≪まだ空いてるのか or もう空いているのか?≫ 取り敢えず、店の前まで。 店先にはメニューがあり、中では2人の店員が眠そうに座っている。 『入ってもいいですか?』 どうぞとの手招き。 ゆったりとした席にすわり、ブレックファーストを注文。 コーヒーを運んでくれた店員に、カオサンへの行き方を聞いてみる。 店員は、なぜか大笑い。 何が何だか分からず、ぽかんとしていると、「この通りがカオサンロードだよ。」 ゆっくり時間をかけた朝食後、宿探し。 朝早いため、値段は教えてくれるが、部屋は見せてはくれない。 見せてくれても、高かったり、恐ろしく汚れていたり… 人気の宿は、昨夜の宿泊客がチェックアウトするまで、部屋を見ることが無理なようだ。 仕方なく、バックパックを背負ったまま、ウロウロ。 500m程の通りには、カフェや土産物屋・ゲストハウスが数百件はあるだろうか。 周辺にも足を伸ばしてみる。 通り以外にも安宿らしき建物が一杯。 ≪少し離れた方が、安くて綺麗な宿があるかも。静かそうだし。≫ そう思って、どんどん足を運ぶ。 旅行者相手の佇まいが一変。 地元商店街らしき風情に。 タイ商人たちが、食材を乗せたリヤカーを引っ張ったり、食材を並べたりと、 忙しそうに動き回っている。 中には、屋台で調理を始めている店も。 少し先に、<HOTEL>の看板。 結構立派な建物。 値段を聞いてみると、カオサンで聞いた価格帯とほぼ同じ。 部屋を見せてもらうことに。 広い部屋には大きなダブルベッドがあり、清潔そうなシーツが掛けてある。 高い天井からは大きなファンの風が届き、部屋内にシャワー&トイレも。 さらに、驚いたことにTVまで。 決して新しくはないが、これまでの宿に比べると大満足。 早速、チェックイン。 新しい街に到着した最初の仕事‘宿探し’。 快適そうな宿が、思ったより安価で見つかり、大仕事を終えたような充実感。 そのことに満足し、宿の従業員と御機嫌サンで談笑。 中華系の従業員が多く、漢字での筆談も可能。 この分だと、愉しいバンコク滞在になりそうだ。 その後の常宿となる「戌沙越旅社」と出遭ったバンコクでの早朝。 【ある日のDiary 〜アユタヤ〜】 朝食を終え、コーヒーを飲みながら読書。 テラスのようなカフェでの至福のひと時。 宿で貸し出しているレンタルサイクルを借り、午前のアユタヤを散策することに。 もらった地図によると、環状線のような道路がアユタヤ遺跡群を外周している。 とりあえず、1週周ってみることに。 12月のタイ・アユタヤは本当に快適。 湿気が少なく、温度も20度後半と非常に過ごし易い。 サイクリングには最適。 途中で、川を挟んで遺跡が見えるカフェを発見。 ひと休み。 アユタヤで読むために持参した歴史小説を取り出す。 17世紀前半、朱印船でシャムに渡った山田長政。 身分制度の確立された日本に見切りをつけての密航だったという。 何ら当ても無く、大成することだけを夢見ての出国。 同じ船には幕府の政策から逃れるため、日本を抜け出す多くのキリシタン達。 その中には、陸路でイタリアまで行き着き、洗礼を受けたペドロ岐部なる人物まで。 壮絶な道中を、文字通りの信念で乗り切ったという。 一方の長政は、アユタヤに到着後、日本人傭兵隊に参加。 そこで頭角を著し、日本人町の頭領に。 さらに、アユタヤ王朝の信任を得、国王から官位を授けられ、 チャオプラヤー川に入る船から税を取る権利まで得る。 最終的には左遷・殺害されるが、数百年前、確かにこの地で活躍した日本人がいた。 はるかに遠く、言葉の通じない欧州へ陸路で向かった勇者も。 今でこそ、数時間で行き来の出来る東南アジア。 400年前は数ヶ月。 しかも風に頼る動力の無い船旅。 小説に登場する人物達が、アグレッシブな旅人でもあったということ。 生命を賭けての。 帰国後は、しばらくの間、歴史旅行記にはまってしまいそうだ。 偉大な先人達を偲んだアユタヤでの朝。 【ある日のDiary 〜サンクラブリ〜】 カンチャナブリを出発したバスは急な山道をひた走る。 快適に、と言いたいところだが、車両は古く、急な坂道を昇るのがやっと。 3時間近くかかってサンクラブリに到着。 大した距離でもなかったが、 上りの続く山道では20km/h位しかスピードが出ていなかったので、仕方無い。 何もない田舎町に行きたくて、サンクラブリ行きのバスに乗ったのだが、 本当に何もない田舎町。 ≪宿もないのではないだろうか。≫ 少し心配しながら、小さな町を散策。 HOTELらしき建物は見当たらない。 カフェの店員サンに聞いてみる。 英語をほとんど解さないようで、要領を得ない。 店員サンが旦那サンらしき人を奥から連れて来た。 ホッ。 旦那サンは片言ながら、英語が出来るようだ。 『この町にHOTELはありませんか?HOTEL?GuestHouse?』 「Oh〜!Here.Here.」 どうやら、HOTELで、『HOTELはありませんか?』と聞いていたようだ。 部屋を見せてもらい、チェックイン。 殺風景な部屋で、少し休憩。 窓からは、涼しい風が田畑のどこか懐かしい匂いを伴って舞い込む。 本当に静かで、バンコクの喧騒を思うと、別の国のよう。 フロントに降りて行くと、先ほどの夫婦が4〜5歳位の子供の面倒を見ながら、 Hotel&Cafe&Shopで販売しているパンを袋に詰めている。 相当量を作っていることから考えても、かなり人気のあるパンのようだ。 行列の出来るパン屋さんといったところだろうか。 近くに座って見ていると、紅茶と焼きたての菓子パンを持ってきてくれた。 粋なサービス。 「美味しい!美味しい!」と言っていると、次々持ってきてくれ、3つも頂いてしまった。 申し訳ないので、袋詰めを手伝うことに。 大した会話にはならないが、和やかな雰囲気での袋詰め。 しばらくして、おじいさんと思しき人が、慌てた様子で夫婦を呼びにきた。 トラックに積んでいた荷物を散乱させてしまったようだ。 主人が手伝いに行くというので、私も加勢することに。 散乱し放題の小さなオレンジを全部詰め戻すのに約1時間。 おじいさんは、有り難がってくれ、お礼に夕食をご馳走してくれるという。 私1人で会話が成り立つかなあ〜、と心配していると、 主人が、HOTELのカフェでみんなで食事会をしよう、との有り難い提案。 つい2日前まで、名前も知らなかったタイ西部の小さな町・サンクラブリ。 意外な場所で、温かい食事会を楽しんだ幸せな夜。 【ある日のDiary 〜チェンマイ〜】 去っていく後姿に、理想の国際人を見た。 朝6時過ぎ、夜行バスは、タイとは思えない冷えたチェンマイのバスターミナルに到着。 エアコンの効き過ぎたバスで、カラダ中が冷え切っていた為、寒さが一層身に染みた。 車中では、体全体をトレーナーの中に入れていたが、それでも、寒さは凌げなかった。 とうとう我慢できず、隣に座っていたお坊さんの袈裟の袖部分(結構広い)を、 毛布代わりに何気なく拝借。 お坊さんは気づいていたようだが、一向に気づかぬ振りを装ってくれた。 さすが! とりあえず、身体を温めたいので、カフェを探すことに。 バックパックを抱えうろうろしていると、 同じバスに乗っていたタイ人男性に流暢な英語で話しかけられた。 バス移動には珍しくキチンとしたスーツ姿。 私が日本人だと分かると、片言の日本語も披露する。 『落ち着いたカフェを知りませんか?』と尋ねると、 その男性も身体が冷えているらしく、一緒に行くことに。 少し歩き、小さいながらも綺麗なカフェに。 早朝のため、客は我々2人だけ。 温かい紅茶を注文。 身体が内から徐々に温まっていくのがわかる。 落ち着いたところで、お互いに自己紹介。 男性は台湾・台北在住のタイ人ビジネスマン。 衣料などを日本・アメリカを初めとした全世界に販売しているとか。 高級そうなスーツがその繁盛ぶりを物語っている。 まさに世界中を飛び回っているが、今回はタイ国内の航空券が取れなかった。 そこで、バスでの移動。 久しぶりに乗ったバスにはエアコンが装備され、私と同じく、寒い思いをしたそうだ。 しかし、その道中は感慨深く、決してつらくは無かったとも。 男性は、約15年前、初めての赴任先がロス・アンゼルスに決まり、渡米することに。 その際、夜行バスでバンコクに向かう。 当時は、まだ世界を舞台に働くタイ人は少なく、アメリカでも稀な存在だったそうだ。 希望半分・不安半分での、バンコクへの夜行バス移動。 途中で降りて、チェンマイに戻りたいという衝動に何度もかられたという。 アメリカに着いてからは、5年間、一度もタイへは戻らず、がむしゃらに働いた。 里帰りもしたかったが、運賃を故郷に送ると生活が楽になることは分かっていた。 「送金と里帰りを同時に出来るようになるまで、タイへは戻らない。」 自分自身に誓ったそうだ。 そしてタイを出てから5年後に、それを実現できるまでに。 その後の移動はもっぱら飛行機。 今夜が15年ぶりの夜行バスだったらしい。 現在は、チャンマイの高級住宅地にも邸宅を構え、両親を迎えたそうだ。 男性が生まれ育ったのが、木造1部屋の借家だったというから、 まさに「ARERICAN DREAM・タイ人版」といったところだろう。 ハッピーエンドの映画を見た後のような清々しさを感じた、チェンマイでの朝。 【ある日のDiary 〜チェンライ〜】 夕食に、「フライドライス」と、お気に入りの「エビ TENPURA」。 チリソースがとてもよく合う。 夕食後、チェンライの町をぶらぶらと散歩。 小さな旅行会社の前を通りかかった時、日本語で話しかけられた。 「トレッキングに行きたくないですか。少数民族の村にも行けますよ。」 少数民族の村に行ってみたいとの気持ちもあったが、 完璧な日本語を話す彼が、日本人なのかタイ人なのかということに興味が沸き、 小さな店内に入ってみる。 狭い店内には、無数の写真が貼られている。 トレッキングの写真が多い。 タイ・北部のこのチェンライの町へは、トレッキング目的で訪れる旅行者が多いのだろう。 写真の説明をしてくれる。 かなり詳しい。 日本人長期旅行者のアルバイトでもなさそうだ。 すると、「私は日本人に間違われるけど、タイ人です。アーサーといいます。」 続けて「夜でもアーサー(朝)」と人懐っこい笑顔を見せる。 日本には行ったことがないが、旅行者から独学で言葉を学んだそうだ。 日本人と話しているような感じで、アーサーと話していると、 他のガイドさん達がその日の仕事を終え、次々と帰って来た。 客は白人のバックパッカーが多い。 ガイドの中には、独学で6ヶ国語をマスターした人までいる。 日本語を話すガイドも3人いて、何だかんだと話しかけてくれる。 その内、受付の女の子が、奥から、たくさんのビールを持ってきて即席パーティーに。 ガイドも客も関係なく、昔からの友人のように盛り上がる。 一人のガイドが「Let it be」をギターで弾き始めた。 それをきっかけに、みんなで大合唱。 タイの歌の時も、我々外国人旅行者に分かるわけはないが、なぜか一緒に歌っていた。 (完全に酔っていたため、恐らく、ただ怒鳴っていただけだろう…) 夜12時前、お開きになったときには、ほぼ全員酔っ払い状態。 それでもアーサーの日本語は流暢で、 私を見送ってくれたときなどは、「地震・雷・火事・オバハン!」 なんてことを叫んでいた…。 『一体誰に教えられたのだろう…?』 苦笑いで安宿への道を歩いた、ほろ酔いのチェンライでの夜。 【ある日のDiary 〜ゴールデントライアングル〜】 トースト・スクランブルエッグ・ベーコン・オレンジ・パイナップル。 充実した朝食。 コーヒーを飲みながら、メーコック川を眺めるのが、最高に心地良い。 川から吹いてくる風はどこまでも優しく、豊かな気分にさせてくれる。 朝食後、予約しておいたモトクロスを借りる為、旅行会社へ。 昨日、ガイドのアーサーに教えてもらったバイク小旅行を決行。 ミャンマー国境〜ゴールデントライアングルへのサバイバルツーリングといったところ。 ゴールデントライアングルへ向けバイクで疾走。 久しぶりに乗るバイクにも少しずつ慣れてきた。 道は徐々に狭く荒れていく。 かれこれ、1時間近くすれ違う車も無ければ、人にも会っていない。 かなり前方で、水牛の群が道を横断しているのが見えた。 数百頭はいるだろうか。 仕方なく、水牛の大群が道路を横切るのを少し離れて待つ。 襲ってくることは無いだろうが、内心、恐々。 15分程かかって、全頭が横断。 再スタート。 上ったり下ったりの細い道がさらに続く。 久しぶりに、2人の人間を発見。 兵士のようだ。 2人とも、肩から機関銃を吊るしており、 ここがミャンマーとの国境沿いだと改めて感じさせられた。 止められて、ややこしいことにならなければいいのだが… そう思いつつ、『サワディー』と努めて笑顔で挨拶。 2人の兵士も笑顔で挨拶してくれる。 変な心配をしたが、至って和やかな雰囲気。 きっと、2人も人恋しかったのだろう、山奥での警備も大変だ。 さらに進んで、ミャンマーとの交易地・メーサイに到着。 街は小さいながらも、国境交易の町らしい活気に満ちていた。 屋台で昼食。 豚肉・卵・多くの野菜などがしっかり入った焼き飯が20バーツ(約60円)。 色々な場所でフライドライス(焼飯)を食べてきたが、これまでの最安値。 大満足。 お腹も満足したところで、ゴールデントライアングルへ。 平坦な道が続き、景色も良い。 ヘルメットをとり、B,Zを口ずさみながらの快適ツーリング♪ ゴールデントライアングル到着。 危険な香りのする場所を想像していたが、今や完全な観光地。 ホテルや土産物屋、レストランなどが多くの観光客を迎えていた。 川を挟んで3国を見渡せるカフェでマッタリ。 まだ中学生くらいの店員が、素敵な笑顔でオレンジジュースを運んでくれる。 『この土地で、彼女の祖先はどのような生活を営んでいたのだろう。』 そんなことを考えた、ゴールデントライアングルでの平和な午後。 【ある日のDiary 〜サバナゲット&ムクダハン〜】 再オーダーする前に、店員サンから「お代わりは?」、と微笑。 最後の晩餐ならぬ、「最後のフランスパン&バター」。 ラオス滞在中、毎日、食してきた大のお気に入り。 店員さんにも、すっかり「フランスパン好き」が浸透したようだ。 チェックアウトを済ませ、イミグレーション&ボート乗り場へ。 ラオス出国手続きを済ませ、ボートに乗り込む。 タイの町・ムクダハンへ。 10日間程の滞在だった、楽しかったラオス。 フランスパンに、春巻き。 そして、素朴なはにかみ笑顔のラオスの人々。 ゆっくりとした時間の流れに、どっぷりと浸ることが出来た。 『Thank you!ラオス!また来るからね〜。』 20分ほどで、対岸のタイの町・ムクダハン到着。 タイ入国手続きを済ませ、町へ。 ボート乗り場から延々と続く商店街は、活気に満ち、物が溢れている。 商品が豊富とはいえないラオスから、タイへ再入国すると、 近隣国から、「経済的な牽引国」といわれるタイの豊かさを実感できる。 商店街散策は後にして、まずは宿探し。 少し歩くと「○○旅社」との看板を発見。 立派な建物で、バンコクでいうなら中級HOTELといった趣き。 ≪絶対高いだろうな〜。≫ と思いつつ、一応値段を聞いてみることに。 ホットシャワーで汗を流した後、買っておいたコーラを飲みながら、 訳も分からず、タイ語のTVを見つめる。 エアコンは故障中だが、各部屋にシャワー&トイレ、それにTVまで付いて200バーツ。 部屋も広く、ゆったり出来る一人掛け用ソファーが2つ置いてある。 バンコクやチェンマイで、これだけの宿なら、5〜600バーツはするだろう。 町の中心で、立地もよく、申し分ない宿。 しかし、私のほかに宿泊客らしき人影は無し。 通過地として、通り過ぎてしまう旅行者が多いのだろう。 夕食後、賑わうバザールへ。 所狭しと商品が溢れている。 何を購入するわけでもなく、露天街の雰囲気を楽しんでいると、 どこからか、ギターのメロディが聞こえてきた。 音に誘われるまま近づくと、まだ高校生くらいの少年がギターを弾いていた。 けっして上手とは思えないが、どこか惹きつけられる哀愁を伴っている。 周りには、私と同じように、何となく彼の奏でる音に引き寄せられた人達が十数人。 一帯の商店からは喧騒が消え、メロディが静かに響いていた。 曲は、どこか寂しげな「Coutry Rord」。 それは小さなこの町に、どこまでもふさわしく思われた。 |
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