タイ |
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【タイ基本情報】 国名 タイ王国 面積 約51万平方km(日本の約1.4倍) 人口 約6,200万人(日本の約50%) 首都 バンコク 人種 タイ族、華僑、マレー族、山岳少数民族など 言語 タイ語 宗教 仏教(95%)、イスラム教など 通貨 バーツ 気候 全体:熱帯モンスーン気候(雨季:南西モンスーンの5〜10月頃) 半島部(南部):熱帯雨林気候 【タイ略史】 紀元前 青銅器文明のコミュニティーが出現 マレー人・モン族・クメール民族の文明が繁栄 6世紀〜7世紀 中国南部起源とされるタイ人の東南アジアへの移住 13世紀 スコータイ王朝よりタイ王国の基礎が築かれる 14世紀後半 アユタヤ王朝 ポルトガル・インド・中国・近隣諸国との交流により繁栄 18世紀後半 ビルマ軍の侵入 アユタヤ王朝国は6つに分割され、現在のチャックリー王朝建立 1932年 立憲革命 1940年 日泰攻守同盟条約締結 1942年 枢軸国として大東亜戦争(太平洋戦争)に参加 1945年 敗北・終戦 戦後 自由タイ(タイ人団体)により、米国と軍事面において親密な関係堅持 米国の支援を背景に東南アジア条約機構(SEATO)にて活躍 (上記内容はウィキペディア・外務省HP・各国政府観光局HPを中心に総合的に判断) 【ある日のDiary 〜タイ・ノーンカイ〜】 注文したアイスコーヒーを待っていると、アイリッシュコーヒー(HOT)が運ばれてきた。 店のおばさんは笑顔でアイリッシュコーヒーを置いていく。 ”まあいいか!”そんな気持ちで飲んでみると、意外に美味しい。 メコン川を眺めながら、朝のゆったりとした時間を、 意外にも美味しいコーヒーで楽しんだ後、近くを散歩。 大きな寺院の入り口横に小さなレンタルサイクル屋さんを発見。 値段を聞いてみると、MTBで50バーツ、普通の自転車で30バーツ(共に1日)とのこと。 MTBを借りることにする。 宿近くの屋台で昼食に焼飯を食べた後、大声で歌いながら自転車をこいでいると、 最高に気持ちよい。 ついつい調子に乗り、いつの間にか1時間以上走ってしまった。 一本道を来たので迷うことはないが、信号が無いので、相当な距離を走ったことになる。 左手に集落が見えた。 建物は町中で見かけるようなものとは違い、木造の高床式。 ≪ウ○○ン滞在期≫に出てきそうな集落だ。 興味が沸き近づいてみると、私に気づいた子供たちが集まってきた。 話しかけると、意味は分からないのだろうが、大声で騒いでいる。 それを見ていた大人たちも次第に集まってくる。 誰も英語を解さないが、みんな笑顔だ。 こちらまで楽しくなってきて、身振り手振りの会話を始めた。 すると、一人のおばあさんが私の手を引き、 住居の1階部分に設置しているテーブルへと連れて行く。 訳も分からず、木の椅子に座っていると、お茶を運んできてくれた。 器は決して綺麗とは言えないが、その気持ちが嬉しく、有難く頂くことにした。 その後も、子供たちと一緒に遊んだり、ブロック運びを手伝ったりして、夕食まで頂いた。 もち米と香辛料の良く効いた野菜炒めのようなもの。 日本人の私には少し辛過ぎたが、その場の雰囲気が最高の晩餐を演出してくれた。 暗くなると帰るのが大変だからと思い、明るい内に失礼することに。 宿に戻り、今日のことを思い出していた。 タイの人たちは総じて夕食をとる時間が遅いが、 今日、お邪魔した集落では、6時前に夕食を用意してくれた。 暗くなると帰るのが大変だからと、気を利かせ、時間を早めてくれたのではないだろうか。 (帰りは街灯も無い道で、本当に暗くなってきたので猛ダッシュで自転車を漕いだ。) 高床式住居に住んでいる事を考えると、あの人たちは少数民族なのかも? 会話は成立しなかったが、とても幸せな1日だった。 もしかすると、旅の神様がくれた≪私だけの竜宮城≫だったのかもしれない。 |
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