パキスタン |
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【パキスタン基本情報】 国名 パキスタン・イスラム共和国 面積 約80万平方km(日本の約2倍) 人口 約1億5,000万人(日本の約1.2倍) 首都 イスラマバード 人種 パンジャブ人、シンド人、パターン人、バローチ人 言語 ウルドゥー語(国語) 宗教 イスラム教(国教) 通貨 パキスタン・ルピー 気候 大部分:亜熱帯乾燥気候 北部:山岳気候 南部:温帯モンスーン気候 (雨季:夏季) 【パキスタン略史】 紀元前26〜18世紀頃 インダス文明 紀元前16世紀頃 アーリア人によるインド亜大陸侵入 紀元前6世紀頃 アケメネス朝ペルシャによるインダス河流域支配 紀元前4世紀頃 アレクサンダー大王による侵略 その後 突厥のインダス河を流域支配 10世紀 トルコ系ガズニ朝(アフガニスタン)によるインダス河流域支配 16〜17世紀 ムガール帝国 18世紀後半 英国との領土不可侵協定 19世紀中頃 英国との2度にわたる戦争で帝国崩壊 1906年 ムスリム連盟設立 1947年 英領インドより独立 1948年 第1次印パ戦争 1956年 憲法採択、パキスタンはイスラム共和国として発足 1965年 第2次印パ戦争 1971年 第3次印パ戦争(東パキスタン独立、バングラディシュ建国) 1999年 無血クーデター (上記内容はウィキペディア・外務省HP・各国政府観光局HPを中心に総合的に判断) 【ある日のDiary 〜パキスタン・フンザ〜】 頂上からの景色を見て、登山家の気持ちが少し分かった気がした。 想像もできなかった景色が目の前に広がっていた。 ≪風の谷のナウシカ≫のモデルとも噂されるパキスタン・フンザに来て3日目。 チャイ・チャパティ・スクランブルエッグといった満足いく朝食を食べた後、 トレッキングに出かけた。 前日に地元の人から、「氷河の見られる山に2〜3時間で行くことができる」と聞き、 同じ宿のみんなに話したのだ。 同行者は4人。 私を含め日本人2人。フィンランド1人。ドイツ人1人。 楽しいハイキングといった感じ。 町を出る前に、昼食用にチャパティ・オレンジ・ミネラルウォーターを買い込む。 軽く2〜3時間のハイキングのつもりだったが、これが大誤算。 慣れた地元の人からすれば楽な道のりだろうが、われわれにとってはしんどいの何の。 酸素も薄く、10分に1度は座り込んでの休憩が必要な程の岩山の連続。 それでも4時間程かかって、何とか氷河のある頂上付近に到着。 氷河が溶けずに残っていることから考えても、おそらく気温は氷点下だろう。 しかし、誰一人上着を着ていない。 みんなTシャツ1枚になって肩で息をしている。 頂上まではほんの少しなので、先に昼食にしようということになる。 簡素な弁当ながら満足。 座り込んで食事をしている内に、体が冷えてきて、一人ひとり上着を着始める。 再度頂上へ。 ゴールが見えていることと昼食によるパワー回復で、あっという間に到着。 4人で1列になり、その景観に見とれる。 下りは登りとは逆に楽。 フィンランド人のヤルモは歌まで歌っている。 フィンランドの歌なのだろう、何を言っているのかさっぱり分からない。 途中で羊(orヤギ?)飼いのおじいさんに遭遇。 どう見ても80歳位に見えるが、険しい岩山を文字通りヒョイヒョイと跳ぶようにやって来る。 そして何も言わず、皆に干しあんずを配り、端正な顔に少し笑顔を見せ、去っていった。 風の谷で、春風のようなおじいさんに出会ったパキスタン・フンザでの1日。 |
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