オーストリア |
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【オーストリア基本情報】 国名 オーストリア共和国 面積 約8.4万平方km(日本の約20%) 人口 約800万人 (日本の約6%) 首都 ウィーン 人種 ゲルマン民族、国民の約10%が外国人 言語 ドイツ語 宗教 カトリック(約80%)、プロテスタント(約5%) 通貨 ユーロ 気候 大陸性で冬季寒冷(西部山岳地帯は降雪が多く、東部の平原は比較的乾燥) 【オーストリア略史】 紀元前 ローマ帝国による支配 12世紀前半 ローマ帝国に属する「オーストリア公国」 16世紀前半 オスマン帝国による第一次ウィーン包囲 17世紀前半 欧州全域による30年戦争 17世紀後半 オスマン帝国による第二次ウィーン包囲 19世紀前半 ローマ帝国解体 オーストリア帝国 1908年 ボスニア・ヘルツェゴビナ併合 1914年 第一次世界大戦勃発 1918年 ハプスブルク帝国崩壊、共和制開始 1938年 ナチス・ドイツによりドイツ第三帝国に併合 1945年 ドイツ崩壊、アメリカ合衆国・イギリス・フランス・ソビエト連邦による分割占領 1955年 占領から独立(東西の緩衝帯として永世中立国宣言)、国連加盟 1995年 欧州連合(EU)加盟 (上記内容はウィキペディア・外務省HP・各国政府観光局HPを中心に総合的に判断) 【ある日のDiary 〜オーストリア・インスブルク〜】 ペンションのベランダから見える風景は素晴らしかった。 透けるようなイン川の流れに、絵本のような街並み。 そして、温かいペンションの人たち。 全てに満足し、初めてこれまでの旅を振り返った。 1Fにある食堂に降りていくと、ペンションのお姉さんが最高の笑顔で迎えてくれる。 「おはよう!」 『おはよう!』 「コーヒーと紅茶どっちにする?」 『え〜と、コーヒー』 「パンはたくさんあるから好きなだけ取ってね。」 昨夜到着したオーストリア・インスブルク。 宿の情報は何も無かったので、駅のインフォメーションで尋ねてみた。 『安くて綺麗なホテルはありませんか?』 そして紹介してもらったのが、このイン川沿いに建つ小さなペンション。 駅からの道を歩きながら、この街がとても気に入った。 全てにおいて賑やかなイタリアと違い、美しくとても落ち着いた街。 ペンションは山小屋を連想させる素敵な建物で、部屋は広くはないが綺麗で衛生的。 小さなベランダも付いていて、テーブルと椅子が置いてある。 デニッシュ、ベーグル、コーヒー、スクランブルエッグ、オレンジジュース。 シンプルながら最高の朝食を終え、部屋に戻ろうとすると、 「部屋にコーヒー運んであげようか?」との声。 有難く運んでもらうことにする。 部屋のベランダでコーヒーを飲みながら、インスブルクの美しい街を眺める。 この旅に出るきっかけを作ってくれた2人の日本人作家の旅行記があった。 内の一人の作家は南欧の≪サグレス≫という町で、旅の終わりを実感したという。 正直、読んでいるときはピンと来なかった。 そんなものは自分で決めるものではないだろうか? そう思っていた。 しかし、財布の中身が寂しくなり、ゴールと決めていたパリに近づくにつれ、 私もまた旅の終わり≠強く意識し始めた。 東南アジアから始まり、南アジア、中東、そしてヨーロッパ。 途上国から先進国へ。 泥・砂の文化から石の文化へ。 半年という短い期間の中で、とてつもなく大きな変化を垣間見ることができた。 そして、どこまでも美しいこの街。 ひょっとすると、ここインスブルク≠ェ私にとっての≪サグレス≫ではないだろうか。 そんなことを考えていると、ペンションで飼っている犬が「ワン!」と吼えた。 私にはそれが「そうだよ!」と言っている気がした。 |
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