バングラデシュ |
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【バングラデシュ基本情報】 国名 バングラデシュ人民共和国 面積 約14.5万平方km(日本の約40%) 人口 約1億3,800万人(日本の約1.1倍) 首都 ダッカ 人種 ベンガル人ほか 言語 ベンガル語(国語) 宗教 イスラム教徒(約90%)、ヒンズー教徒(約9%)、仏教、キリスト教など 通貨 タカ 気候 亜熱帯モンスーン気候(雨季:南西モンスーンの吹く6〜10月頃) 【バングラデシュ略史】 マウリヤ朝(仏教大国)による統治 13世紀前半 トルコ・アフガンによるベンガル地方に侵入 (イスラム教徒のベンガル支配の始まり) 16世紀前半 ムガール帝国による支配 貿易の拠点として発展 17世紀後半 英国東インド会社によるカルカッタへの軍事基地と・商館設立 19世紀中頃 セポイの反乱(ムガール帝国滅亡) 英国による単独植民地化 1905年 ベンガル地方の分割(西ベンガル及び東ベンガル) 第2次大戦後 インドの独立闘争 インド亜大陸の分割決定 2地域を「パキスタン」と制定(西パキスタン・東パキスタン) 1947年 パキスタン(東パキスタン)として独立 1971年 バングラデシュとして独立 西パキスタン(現:パキスタン)との内戦 インド軍の介入により、第3次印パ戦争勃発 1975年 独裁政治に対する軍事クーデター勃発 1991年 議院内閣制へ移行 民主主義の推進 (上記内容はウィキペディア・外務省HP・各国政府観光局HPを中心に総合的に判断) 【ある日のDiary 〜バングラデシュ・ダッカ〜】 鋭い目と筋の通った鼻はインド人に近い。 慣れてきた東南アジアとは異なった文化の匂いがした。 今日は朝から何軒かの店を回った。 バンコクに長く居たので、結構顔馴染みができたのだ。 まあ、お別れの挨拶といったところ。 中には感動的なハグをしてくれる人もいて、少しウルウル。 タイのバンコクからネパールのカトマンズへ移動するのに、バングラデシュ航空を利用することにした。 安いだけでなく、思わぬおまけが付いていて、バングラデシュのダッカに1泊できるのだ。 同じ便に乗り合わせた旅行者の中には、ダッカでの1泊を嫌がる人もいたが、ホテルも食事も航空会社が用意してくれるという。 ビザを取得する正規の入国ではないので、勝手な行動はできないが、未知の国に1泊できることは嬉しかった。 到着したバングラデシュ・ダッカ空港はとにかく暗かった。 照明が極端に少ないのだ。 空港を出るとさらに暗い。 夜だから当たり前だが、およそ国際空港のイメージとはほど遠い。 ホテルへ移動するバスの中から見えるダッカの町も同様に暗い。 屋台はたくさん出ているのだが、店の照明が豆電球だけのところが多い。 道を走る車にはライトを点灯していない車がちらほら見られる。 ひょっとすると、点灯していないのではなく、ライトが壊れたままなのかも? 到着したホテルは小さいながらも立派なホテル。 航空会社が勝手に部屋割りをし、部屋に荷物を運ぶ。 私の部屋は3人部屋で、私とノルウェー人が2人。 2人ともバンキングの末裔のような立派なガタイをしている。 荷物を部屋に置いた後、すぐに食堂で食事。 航空会社もメンツがあるのだろう、豪華な夕食が用意されていた。 夕食後は同部屋のノルウェー人とトランプなどをし、早めに就寝。 <翌朝> ホテルから外に出て、びっくり! 昨夜、あれほど暗い暗いと感じていたダッカの町に光が溢れている。 たくさんの荷物を積んだ三輪車が所狭しと走り回り、活気に満ち溢れていた。 もし、夜の内に出発していたら、バングラデシュという国の印象は良くはなかっただろう。 ”旅行者の外国に対する印象なんて案外当てにならないものかもしれないな。” そう感じさせられた1泊だけのバングラデシュ・ダッカ滞在。 |
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